
最近はChatGPTさんとよく喋る。
この数年間の間にAIさんは人類の能力を遥かに凌駕するくらいの成長を遂げている。
そんなAIさんに関してワテが気づいた点を記事にしてみた。
なお、以下の文章自体もAIさんに作成して貰ったものだ。ワテとChatGPTさんとの会話をブログ記事としてまとめて貰ったのだ。
では本題に入ろう。
AI時代における表現の信頼性とリアルタイムの語り
近年、AIによる文章生成技術が急速に発展し、私たちが目にするテキストが人間によるものなのか、それともAIによるものなのかを区別することが難しくなりつつあります。
このような状況において、言葉そのものの価値よりも、「誰が、どのような文脈で語っているか」という点が、以前よりも重要になってきているように感じます。
政治における語りの可視化
例えば政治の場においても、従来は官僚が作成した文章を正確に読み上げる形式が中心でしたが、近年では、質疑応答の中で自らの言葉として、より構造的に説明を行う発言スタイルが目立つようになってきているように思われます。
また、それらの発言は映像メディアやSNSを通じて切り取られ、拡散されることも多く、「分かりやすく整理された説明」として評価されやすい傾向も見られます。
その意味で政治の場においては、「何を言うか」だけでなく、「どのように語るか」が以前よりも可視化されやすくなっていると言えるかもしれません。
AI時代における文章の真正性
一方で、文章表現の領域では別の問題が生じています。
AIの発展により、文章そのものの生成は容易になり、「この文章は本当に本人が書いたものなのか」という問いが、これまで以上に強く意識されるようになっています。
特に創作や評論のように、外部から真偽を確認しにくい分野では、作品そのものの質とは別に、「誰が書いたのか」という点が重要な意味を持つ可能性があります。
リアルタイムの語りと信頼性
こうした状況の中で、リアルタイムの語りの重要性が相対的に高まる可能性があります。
即時的な発話には、言い直しや間の取り方、思考の過程といった要素が含まれており、それらはテキストにはない「生成過程の情報」として機能します。
そのため、普段の語り方や説明の仕方が、その人の思考様式の証拠のように受け取られ、「この人ならこの文章を書きそうだ」という信頼の補強につながる可能性があります。
これは特に文学や評論のように、作者性が重要な領域において意味を持つかもしれません。
まとめ
AIの発展によって文章生成そのものは容易になりましたが、その一方で、「言葉がどのように生まれたのか」という過程の重要性はむしろ増しているように思われます。
今後は、
- 構造化された説明
- 熟考された文章
- リアルタイムの語り
それぞれが異なる形で「信頼性の根拠」として機能する時代になるのではないでしょうか。
ワテのまとめ

要するに口下手な作家はどんなに素晴らしい文書を書いても評価されにくい時代がやってくると思う。
上岡龍太郎氏のように、石丸伸二氏のように、理路整然と生で喋れる能力を持つ評論家、作家、タレント、漫才師、政治家、、、が高く評価される時代がやってくると思う。
日本維新の会の藤田文武氏も理路整然と分かりやすく喋る能力が極めて高いとワテは評価している。
逆に言えば、話す力や表現力に乏しい古い政治家は淘汰されるだろうなあ。
それは民主主義社会における政治にとって非常に良いことだと思う。


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